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静岡家庭裁判所 昭和61年(家)1445号 審判 1987年5月27日

申立人 秋山久代

相手方 アルフォンソ アントニオ ロドリゲス

事件本人 マリア ナオミ ロドリゲス

主文

申立人と相手方間の長女である事件本人マリア・ナオミ・ロドリゲスの親権者に申立人を指定する。

理由

1  申立人は主文同旨の審判を求めた。

2  一件記録によれば次の各事実を認めることができる。

(1) 申立人は昭和52年ころ音楽活動のため来日中であったメキシコ国籍を有する相手方と知り合い交際するようになり、相手方がアメリカに帰国した後昭和53年10月ころ申立人もアメリカに渡り、相手方と同棲生活を送るようになり、昭和55年6月4日カリフォルニア州にあるカリフォルニア大学病院において事件本人を出産した。右事件本人の出生は同年6月12日ロスアンゼルスにおいて登録され、右出生証明書(CERTIFICATE OF LIVE BIRTH)には事件本人の父母としてそれぞれ相手方及び申立人が記載されている。

(2)  その後昭和56年8月12日申立人と相手方はロスアンゼルスにあるカトリック教会において挙式し、同月17日ロスアンゼルス郡において婚姻の登録がなされた。

(3)  しかしその後相手方の女性問題や暴力等により申立人は昭和58年5月ころ相手方と別れ、事件本人を伴って日本に帰国した。

(4)  申立人の帰国後相手方はカリフォルニア州上級裁判所に対し離婚の訴を起し、同裁判所は昭和61年7月16日申立人と相手方の婚姻関係を同年8月16日を以って終了する旨の判決をなしたが、事件本人の親権については事件本人が日本国内に居住しているので同裁判所は右問題については管轄権を有しないとして何らの決定も出さなかった。なお、右判決は結局同年8月16日に確定し、昭和62年3月14日申立人の戸籍にその旨記載された。

(5)  申立人は藤枝市内にある病院に看護婦として勤務し、アメリカから帰国以来相手方からの何らの援助もなしに事件本人を養育監護しているところ、事件本人の帰化手続をなすために事件本人の親権者を申立人とする必要があって本件申立に及んだものである。

3  ところで、本件の如き渉外家事事件である親権者指定申立事件についての国際的裁判管轄権が我国にあるか否かについては、我国の国際民事手続法上の概念により結局条理上これを決するより他ない。前認定のとおり事件本人は国籍こそアメリカであるが、昭和58年5月以来日本人である母の申立人とともに居住し、今後は日本に帰化し日本人として日本において生育することが予想される。しかして親権者の指定に関する手続は家事審判法及び同規則によって規律され、同規則70条及び60条によれば、右事件は当該子の住所地の家庭裁判所の管轄に属するところ、右は子の生活関係の密接な地で審判がなされることが結局子の福祉により適合するという配慮に出たものと考えられる。そうであるとすれば本件の如き渉外親子関係事件についても同様に子の福祉を考慮すべく、当該子の生活関係の深い地即ち現在の居住地の国の家庭裁判所が管轄権を有するというべきであるから、本件について当家庭裁判所が管轄権を有することになる。

4  ところで本件は、事件本人が申立人及び相手方が婚姻する前に出生しており、そこでまず申立人及び相手方と事件本人の間にそれぞれ母子及び父子関係が成立しているか否かが問題とされるところ、それについては法廷地国際私法である我が国の法例によってその準拠法を定むべきである。しかして法例18条によれば、子の認知の要件はその父又は母に関しては認知の当時父又は母の属する国の法律によってこれを定め、子に関しては認知の当時子の属する国の法律によるとされているところ(なお、出生の事実による非嫡出親子関係についても本条を類推適用しうると解する。)、父の国籍はメキシコであり、同国民法第354条乃至356条によれば父母が後に婚姻した場合には、その婚姻から出生した子と見なされる前提としての父子関係は、子の出生証明書に父の名が記載されていれば認知を要しないところ、本件は後述の如く準正が問題とされる事案であるから当面の父子関係の成立も前記法条により出生証明書に父の名の記載があれば足りるところ、事件本人にかかる出生証明書には父として相手方の名が記載されているところである。また母については我が日本民法によれば、母子関係は分娩の事実で足りるところ、申立人が事件本人を分娩した事実が認められる。他方子である事件本人はアメリカ国籍(出生地はカリフォルニア州)であり、一般に英米法によれば血統主義により事実上の親子関係があれば足り、認知その他の手続を要しないものというべきところ、前認定のとおり申立人は相手方とアメリカにおいて同棲し、その結果事件本人がカリフォルニア州のカリフォルニア大学病院で出生し、ロスアンゼルス郡の出生登録官に対し事件本人の父として相手方と表示して出生届をなしており、その後しばらく相手方は申立人及び事件本人と約3年間ともに生活し、相手方は特段事件本人との父子関係を否定することもなかったのであるから、相手方と事件本人の間には父子関係があると認めることができる。

5  次に、父母双方と親子関係が認められた子が、父母の婚姻によりいかなる身分を取得するかの問題はいわゆる準正の問題の一つであるところ、子の嫡出性に関する法例17条に準じ、母の夫の本国法による(ただし父母の婚姻時の)べきところ、母の夫である相手方の本国法であるメキシコ民法第354条乃至356条によれば、「婚姻の締結前に生れた子は、出生に引き続き両親が結婚した場合、婚姻から生れた子と見なされる。子が右権利を享受するためには、両親は、婚姻の締結前、婚姻締結の時あるいは婚姻中に、両親の双方が、同時にあるいは別個に、明白に認知しなければならない。子が父によって認知され、出生証明書に母の名が明記されているときは、認知が法的効力を持つために、母の明示の認知は必要でない。同様に出生証明書に父の名が記載されている場合は、父の認知は必要でない。」とされているところ、前認定の如く、事件本人の出生証明書には父として相手方の名が記載されているから、結局事件本人は相手方と申立人の嫡出子たる身分を取得したものということができる。

6  次に、事件本人の親権指定の問題は親子間の法律関係の問題といえるから、法例20条によるべく、右によれば父の本国法によることとなる。メキシコ民法によれば、嫡出子の親権については同法283条により離婚の際の判決によって父母いずれかに定められることになっており、離婚原因(父母の合意による場合を除き)によって親権の帰属を定めることとされており、概ね有責的な原因の場合は、その責のない方の配偶者、病気が原因となる場合は、健康な配偶者となっているところ、本件の如き親権の指定についても右条項を類推し、結局右は子の福祉の見地から解釈されるべきであるから、本件の如く、相手方と申立人の離婚原因の実質は、相手方の不貞行為、申立人に対する虐待等であり、しかも昭和58年5月以降申立人は事件本人を日本に連れ帰り、以後相手方の全くの金銭的援助もなく養育している現状に鑑みると、事件本人の親権者として申立人を指定することを相当とするものである。

よって主文のとおり審判する。

(家事審判官 櫻井康夫)

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